山城秀之(廣島屋)

山口県防府市生まれ。高校卒業後、国家公務員として水産大学校(下関市)に就職。職場の人に誘われて、地元のアマチュア劇団「海峡座」に入団。スタッフ希望だったが、人手不足で役者として舞台に立つ。1988年人事異動で東京へ。雑誌でしか見たことなかった東京の小劇場の舞台をナマで見るうちに、またぞろ芝居をやりたくなり、元海峡座の劇団員だった小池洋子が座長をつとめる劇団唖然房に入団。座付き演出家・小池要之助に私事する。しかし次第に仕事との両立が厳しくなり、1993年に自己都合で退職。コンビニやCDショップ、私鉄の遺失物管理センター、パン工場など様々な仕事を転々とするうち、1996年新横浜ラーメン博物館で街頭紙芝居形式のイベントを始める。

その後、ライブハウスやイベント会場でも紙芝居をやるようになる。そのうち劇団唖然房が活動を休止することになったので、office PeaceMakerの舞台に何本か参加。また、自主映画の現場にも顔を出すようになる。一方、ひょんなことから、観光地などに似顔絵画家を派遣する星の子プロダクションに所属、横浜八景島、ランドマークタワー展望台、ワールドポーターズなどで似顔絵営業をする。星の子は2年でやめてラーメン博物館で営業を始める(2014年春に一旦営業は終了)。

2007年俳優としてタレント事務所サムライプロモーションに所属。不惑を過ぎてまったく知らない現場で悪戦苦闘する(現在も)。同じころ、自主企画イベントのゲストから、サイレント映画に語りやセリフをつける活動写真弁士のワークショップがあることを聞き、受講。半年の講座が終わった2010年、講師である活動写真弁士・澤登翠に入門、翌年デビュー。

2012年、神奈川県相模原市のコミュニティラジオ・FMさがみ「テイクハートタイム」にてラジオドラマ制作にかかわるようになり、2013〜2015年までパーソナリティーとしてたどたどしくしゃべり続けた。

2016年春から似顔絵営業を復活した。